©Danny Clinch

アンドリュー・ワットの持ち込んだ新たな雰囲気が、頂点を極めた重鎮バンドの理想的な姿を改めて蘇らせた! ここにきて彼らの最高傑作が誕生したのか!?

すごく重要なレコード

 前作『Gigaton』(2020年)から4年ぶりとなるパール・ジャムのニュー・アルバム『Dark Matter』をアンドリュー・ワットがプロデュースすると聞き、期待に胸が膨らんだ、いや、はち切れそうになったロック・ファンはきっと少なくなかったはずだ。プロデューサーとしてのワットの辣腕ぶりは、すでにイギー・ポップ『Every Loser』やローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』といったヴェテランたちの新しい傑作と言えるアルバムで証明済みなのだから、これが快哉を叫ばずにいられようか。

 パール・ジャムの熱情派ヴォーカリスト、エディ・ヴェダーは他4人のメンバーに先んじて、22年2月にリリースしたソロ・アルバム『Earthling』でワットと組んでいたから、『Dark Matter』におけるワットの起用はヴェダーのアイデアだったと想像できる。ヴェダーはこれまでのワットの仕事はもちろん、ジョシュ・クリングホッファー、チャド・スミスといった盟友たちに加え、スティーヴィー・ワンダー、エルトン・ジョン、リンゴ・スターら御大たちも参加した『Earthling』のレコーディングを見事に仕切ったワットの手腕に惚れ込んだのかもしれない。

 レーベルが作ったプレスリリースによると、パール・ジャムのメンバーたちは2023年、LA近郊のビーチタウン、マリブにあるシャングリラ・スタジオでワットの指揮のもと、同じ空間で向かい合い、楽器をプラグインして、最高レヴェルの音のコミュニケーションを図ったという。そして、インスピレーションが炸裂するなか、曲作りとレコーディングが進んでいき、『Dark Matter』はわずか3週間で完成させられたのだそうだ。

PEARL JAM 『Dark Matter』 Monkeywrench/Republic/ユニバーサル(2024)

 『Dark Matter』には全11曲が収録されているが、全曲がメンバー全員(+クリングホッファー、ワット)の作曲とクレジットされたのは、『Vs.』以来31年ぶり。そこに何かを読み取ることもできるかもしれない。ほぼ全曲で繰り広げられる、あまりにも奔放な複数のギターによるアンサンブルがスタジオの熱気を伝えている。スタジオにおけるセッションをドキュメントする今回のやり方を提案したのは、バンドだったのか、ワットだったのか。いずれにせよ、『Gigaton』リリース後、パール・ジャムが精力的にツアーを続けていたことを考えると、その手応えをセッションで形にするというやり方がベストだったに違いない。

 スタジオにおいてワットが果たした役割がいかに大きかったか。それはレコーディングを振り返るベーシスト、ジェフ・アメンの言葉からも窺える。

 「俺たちは、本当にすごく重要なレコードを作ることになると感じていた。その多くは、アンドリューが作った雰囲気のおかげだった。彼はパール・ジャムの歴史を百科事典並みに記憶していて、バンド全体のことや俺たちの作曲の仕方だけでなく、個々のメンバーついても知識が豊富なんだよ。俺たちが昔の曲で演ったことを詳しく話すから、俺が〈いったい何の話だ?〉って混乱する時があったぐらいで。そういう彼の興奮が、俺たちに伝わった。彼が影響力なんだ。俺たちを軌道に乗せ続けてくれて、ありがとうと言いたい」。

 ワットのサジェスチョンが曲作りやプレイだけにとどまらず、それぞれに我の強いメンバー5人の感情の交通整理においても一役買ったことは想像に難くない。ヴェダーがワットを連れてきた理由がそこにあったと考えると、〈な! アンドリューと一緒にやってよかっただろ!〉とヴェダーがメンバーたちに向けるドヤ顔を思い浮かべずにいられない。